正体不明の“ダークマターの兆候”が波紋を呼んでいる

暗黒物質の直接検出を目的とした実験で、既知の背景ノイズではうまく説明できない単一の粒子相互作用が記録された。まだ暗黒物質の発見とは断定できないが、その解釈をめぐって議論が活発化している。
The LUXZEPLIN main detector
暗黒物質の直接検出を目的とした「LUX-ZEPLIN(LZ)実験」で用いられる主検出器。Photograph: Matthew Kapust/Sanford Underground Research Facility

宇宙の質量の約85%を占めるとされる暗黒物質(ダークマター)は、100年近くにわたって存在が示唆されてきたにもかかわらず、いまだ直接観測されたことがない。その正体をめぐる議論に、新たな手がかりが加わった。

このほど暗黒物質の直接検出を目的とした「LUX-ZEPLIN(LZ)実験」で、既知の背景ノイズではうまく説明できない単一の粒子相互作用が記録されたのだ。まだ暗黒物質の発見と呼べる水準には達していないが、これまでのLZ実験で報告された事例のなかでは最有力の兆候だという。

「たった1件の事象ですから、先走るつもりはありません。暗黒物質を観測したと主張しているわけではないのです」と、ブラウン大学教授でLZの代表を務めるリック・ゲイツケルは説明する。「それでも何か興味深いものを目にしたことは事実であり、科学コミュニティーの意見を仰ぐために共有する価値があると考えました」

多層の防御をすり抜けた信号

LZ実験は、39の研究機関に所属する250人の科学者と技術者による国際共同プロジェクトである。米国のローレンス・バークレー国立研究所が運営し、サウスダコタ州にある地下約1.6kmの研究施設「SURF」で検出器を稼働させている。超高純度に液化した10トンのキセノンを用いて、暗黒物質の候補とされる「WIMP(弱く相互作用する重い粒子)」が原子核と衝突した際に生じる特徴的な閃光を検知するという仕組みだ。

この実験では、宇宙線を遮る地下1.6km分の厚い岩盤のほかに、背景中性子から中心の検出器を守る水槽と外部検出器、粒子相互作用を解析して暗黒物質に似た偽信号を除去する計算ツール群など、通常物質による相互作用を防いだり除去したりするために複数の工夫が施されている。

研究チームは今回、2023年3月から24年4月にかけて収集した220日分のデータを解析した。これまでにも最もシンプルな種類のWIMP相互作用による微弱な信号を探索してきたが、新たな解析ではより大きなエネルギーが検出されうる幅広い種類の相互作用を対象としている。その結果、暗黒物質が現れると予想されるとともに競合する背景が極めて少ない領域に、1件の粒子相互作用が浮かび上がってきた。

研究者たちによると、この事象が本当に暗黒物質によって引き起こされたのであれば、その正体となる粒子の質量は少なくとも200GeV/c²(ギガ電子ボルト)であり、陽子の200倍以上になるとみられる。最もシンプルな相互作用のモデルでは説明がつかず、WIMPと通常物質との特定の種類の相互作用である可能性も示唆しているという。

なお、偶然では起きにくいことを示す統計的な指標「シグマ(σ)」の値は2.6だった。これは、もし既知の背景ノイズしか存在しなければ、これほど目立つ事象が偶然起きる確率が約0.5%しかないことを意味する。だが、物理学における発見と認められる基準である5シグマには、まだ遠く及ばない。

この事象が暗黒物質の存在を示す本物の信号かどうかを検証するために、研究者たちは校正作業の直後というタイミングや、検出器の壁面付近で生じうる特殊な偽信号、中性子や大気中のニュートリノによる原子核の反跳(飛んできた粒子に衝突された原子核がはじき飛ばされる現象)の可能性など、考えられる背景要因をひとつずつ洗い出していった。しかし、いずれの場合も事象の説明には至らなかったという。

The LZ Dark Matter Experiment

LZでは、液体キセノンで満たされた円筒形の容器を使って暗黒物質を探している。容器の周囲は、背景粒子を検出または遮断するための層で覆われている(左)。WIMPがキセノン原子に衝突すると(右)、閃光と電子が放出される。この光は液体キセノン容器の上部と下部で検出される。電子は電場によって容器の上部へと移動し、そこで2度目の閃光を生じる。

Illustration: Greg Stewart/SLAC National Accelerator Laboratory

理論家たちも色めき立った

この結果を受けて、理論物理学者の間でも活発な議論が始まっている。すでに複数の独立した研究チームがほぼ同時期に、超対称性理論が予言する暗黒物質の候補である「ヒグシーノ」による解釈を提案している。

これらの理論では、質量が約1.1TeV(テラ電子ボルト)のヒグシーノが質量差300〜500keV(キロ電子ボルト)程度の2つの状態に分裂しており、その非弾性散乱(衝突の勢いの一部によって暗黒物質の粒子がわずかに重い状態に変わる散乱)によって今回の反跳が生じた可能性があると説明している。この質量は、宇宙初期の熱平衡から暗黒物質の量を計算する標準的な理論値と一致するという。

ただし、ここで必要な質量差の推定値は、銀河内を最も速く移動する暗黒物質粒子をどう見積もるかによって変わる。実際、大マゼラン雲が銀河系の暗黒物質の速度分布に及ぼす重力的な影響を考慮すると、必要な質量差はより大きな値に上振れするとの指摘もある。

photomultiplier tubes

暗黒物質を探す際には、粒子の相互作用で生じる光を光電子増倍管で捉えている。写真は検出器に取り付ける前の光電子増倍管の様子。

Photograph: Matthew Kapust/Sanford Underground Research Facility

さらに別の研究チームは、この解釈が銀河系中心からのガンマ線超過というガンマ線宇宙望遠鏡「フェルミ」による独立した観測結果とも整合すると報告している。それと同時に、太陽方向からのニュートリノを観測する「IceCube(アイスキューブ)」による実験結果とも矛盾しないと結論づけている。

また別の研究チームは、特定の素粒子模型に頼らない一般的な枠組みでも同様の質量と質量差が導けるとしたうえで、暗黒物質を検出するための材料にタングステンを使った「CRESST」の今後のアップグレードに検証の可能性を見出している。

「データに外れ値の事象が生じることは珍しくありません。たいていの場合は、掘り下げてみると何らかの背景ノイズとして正体が判明するものです」と、バークレー研究所の物理学者でLZの機関委員会の議長を務めるアーロン・マナレイサイは語る。「見落としている稀な背景メカニズムがないかといまも頭を悩ませ続けていますが、これが暗黒物質観測の最初の兆候かもしれないと考えると胸が高鳴ります」

LZはすでに世界最大級の暗黒物質探索データセットを保有しており、今後も観測を続けてデータを蓄積していく計画だ。データが積み重なるにつれて、この兆候がさらに有意性を増していくのか、それとも単なるゆらぎとして消えていくのかが明らかになるかもしれない。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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